会葬者を選ぶのが一般葬儀より難しい家族葬

これまでの伝統的な一般葬儀は、高齢化社会と核家族化の進展や、地域コミュニティの希薄化、宗教的儀式に対する価値観の変容などの影響を受けてきました。これとは対照的に外とのつながりやしがらみに縛られることなく近親者だけで故人を見送ることができる家族葬が増えています。これは良い悪いという二者択一的問題ではなく、遺族を取り巻く環境や遺族の価値観に依拠するテーマです。ただ家族葬にはいくつか留意点がありますので、十分認識した上での決断が求められます。

まず、家族葬と密葬は似ていますが微妙に違います。この点を誤解されるケースは少なくありません。密葬は個人の遺言や喪主の希望など何らかの事情で亡くなったこと自体を対外的に告知することなく執り行うお葬式です。したがって参列者は家族だけか、極めて限定された方に限られます。たとえば大企業の創業者などが急に亡くなった場合、大規模なお葬式は手配が間に合わないためにまず内輪での密葬を行い、後日本葬を行うという流れになります。これに対し、家族葬は主旨がごく近しい人たちだけで故人をゆっくり偲んで送り出そうというもので、本葬はありません。原則的には親族だけということになるのですが、現実には極めて近しい知人や友人も含まれることはあります。そうでなくても何らかの理由で故人の死を知って家族葬にかけつけた人を追い返すことはできませんので、結果的に身内以外の方が参列することはあります。

身内といっても、いったいどこまでの親族を呼べばいいのかという線引きが家族葬の大きな悩みです。遺族の判断や希望が優先されますので、故人の父母、配偶者、子供、孫、兄弟姉妹までというケースもありますし、祖父母、叔父、伯父、叔母、伯母、従妹まで含まれることもあります。こうした血縁に限定することなく、非常に親しかった知人を呼ぶこともあります。一般葬儀が会葬者を限定しないのに対して、家族葬は原則として遺族が選んで声をかけた人だけでのお葬式ととらえるのが現実的です。

それだけに、家族葬を執り行うことを決めたら、声をかける人選は極めて重要になります。最悪の場合親族間が険悪な関係になったり、長年にわたって築いてきた人間関係にひびが入る懸念もあるからです。容易に想像できるのは、会葬者リストから外された親族から、なぜ自分はお葬式に呼んでもらえないかという不満が出ることです。知人にしても気分を害するケースはありますし、近所の住民がお葬式後に故人の死去を知って、自宅に次から次に弔問に訪れることもあるということは承知しておく必要があります。